赤い人形
「おい……これ、知ってるか?」
 部室に全員を召集し、たいおが目一杯タメを作って切り出した。
 「なんですか、先輩」
さっさと続きを話そうとしないたいおに真歩が冷めた視線を送る。
 「これです」
 史子が手に持っていた携帯の画面を皆に向ける。
 黒地に赤の見辛い怪しげな掲示板にはこうあった。
 『カナミちゃん』
 「夢に赤い服の女の子の人形が出てきて、それから頻繁にその子が夢に現れるようになるそうです」
 「そしてある日突然その人形が喋りだすそうだ。『カナミちゃんの事……好き?』」
 概容を説明する史子の台詞を扶川が引き継ぎ、気持ち悪い裏声で演技した。
 「今のところ生還者はゼロらしい。はいと答えてもいいえと答えてもその日中に殺されるらしいぜ。『カナミちゃんはあなたの事……好き』だってな!」
 更にたいおが引き継ぎ、更に気持ち悪い裏声で演技した。心なしか仮面につけまつげが見えるのは気のせいだと願いたい。
ケケケケケ!愛の告白だってよお!そんじゃあ引きずり出して魔改造して性奴れ……
気持ち悪い演技のせいで、どんよりした空気を気にも留めず、二人で盛り上がる魔物コンビに、
真歩が我慢の限界を感じツッコミを入れようとした瞬間、隣からおずおずとした声が聞こえた。
 「あの……私、赤いドレスの文化人形が夢に出た事があります。何度も」
 「何ぃ?!」
たいおと扶川は卑猥トークをやめ、美月の方に身を乗り出した。
 「朝霧、それでカナミちゃんは喋ったのか?」
 「それは、まだ、です」
 先輩二人が余りにも近いので、美月はのけぞった。
 「近いなあ。それ以上近づいたら容赦しないよ」
 綾が唇に指を沿わせ、薄ら笑いを浮かべながら魔物コンビに釘を刺した。
 「でも、その人形が『カナミちゃん』だとしたら、そんなもの野放しにしては置けないね。美月に声をかける前にさっさと消しておこうよ」
あはっ、と綾が続けた。
 「よくぞ言った、綾よ!我々は今日のターゲットの情報を既に持っている!レッツらゴー!」
そう言ってたいおは勢いよくドアを開け、廊下を爆走していった。
 「キャアアアア!!」
 耳をつんざく悲鳴の後、ザシュッという何かの切られる音。
 「チッ、間に合わなかったか」
 悲鳴のあがった民家の扉を魔物コンビが強引に開けると、ぞろぞろと後に続いた。運良く、住人はいないようだ。
 子供部屋と思われる扉を開けると、血の臭いが充満していた。壁紙は返り血によって全てが赤く染まっている。
視線を下に移せば、血溜まりの中に首のない幼女の遺体と、血溜まりと同じ緋の着物の市松人形が立っていた。
 「右手、左手、右足ときて……次はどうするの?」
ふ、と黒髪の長い幽霊が現れ、市松人形に話しかけた。
 「左足」
そう市松人形が答えると、遺体の左足が、消えた。気配を感じて市松人形は振り返ったが、返り血に汚れた顔は、狂気に満ちた邪の顔ではなく、きょとんとした表情の無垢な顔だった。
 「かっ、かかれえ!」
 光景にそぐわない無垢さに拍子抜けしたが、たいお達はすぐに目的を思い出し斬り込むと同時に、
 「やめろおおお!」
ドロン!と三つ角の鬼が立ちはだかった。
 「これをやる!これをやるからこの子だけはお助けを〜!」
 鬼が袂から取り出したのは何枚かのDVDだった。
タイトルは、
 「色欲霊のマル秘ファイル 犯される女達」
げっ、と後退る女性陣と綾とは裏腹に魔物コンビは思いっきり食いついた。
 鬼は相手の戦意が消失したことに気をよくしたのか、そのAVの説明を始めた。
 「これがだな、最近地獄勤めの鬼たちに人気でな。色欲霊が透明なのを生かして女体のあんなトコロやこんなトコロが丸見えなシリーズだぞ。
今度人間界にも売り込むつもりなのだが、これを一足早く汝らに進呈しよう。だから我の濡羽烏ちゃんだけはこれからも殺さないでおくれ」
 「いや、今だけなら兎も角、これからもっつーのは違うな」
 瓶底眼鏡をギラッと光らせ、扶川が交渉に入る。
 「今後永遠にタダで最新作を提供し続ける、でどーよ」
たいおが続く。その光景は最早恐喝をするチンピラ二人と必死で逃れようとする図体ばかりが大きいヘタレの図でしかなかった。
 「分かった。おっと、汝らは?犯される男達もあるぞ?」
 鬼は安堵して、引いた女性陣と綾に話を振った。
 「いるかボケーー!」
 「何処の馬の骨かも分からない女に興味がないってだけで男色じゃあないよ」
 真歩と綾が即座に反応した。
 「む」
しかし鬼は全く聞いていなかった。前髪に隠れてこちらからは見えない目で品定めをしていたのだ。
 「汝、年増」
 「なっ」
 爪の長い指でビシッと指されたのは緑色の髪の紅葉。すると、先程市松人形に話しかけていた幽霊がするすると近づいてきた。
 「貴女、高校生?」
 「そうだが」
 「私より年下なのに……同情するわ。気にしないことよ」
 幽霊は透明な手で慰めるようにぽんと肩を叩いた。
 「汝ら、不合格」
 次に鬼が両手で指したのは史子と真歩。
 「ふ、ふざけんな〜〜!」
 拳を突き上げ真歩が怒鳴り、史子が携帯を取りだし臨戦態勢に入る。その後ろにするりと幽霊が滑り込み、
 「頑張れぇ。一発ボカンとぶちのめしてやるのよ」
と囁いた。
 「あっちの味方なのに何言ってんの」
 二人が訝しげに振り向くと、
 「はぁ?私はねぇ!あのロリコン糞上司のセクハラ発言に耐えながら、あやつの愛人の世話しているのよ。
こんな可哀想で非力な私に代わって誰かさんがコテンパンにやっつけてくれれば少しはスカッとするわ」
幽霊は何か問題でもある?とでも言いたげだ。真歩と史子は、暴走気味の先輩(兄)に振り回され続け、
今だって顔が不合格などと酷いことを言われている不憫な役回りの自分達と、幽霊の立場を重ね合わせずにはいられなかった。
 「さっき話してたの聞いたんですけど、おいくつなんですか」
 史子は問いかけた。
 「ピチピチの十八歳よ!貴女達よりちょっと先輩なだけだわ。なのに!なのに!あの糞上司、私を『年増』って呼ぶのよ!」
 幽霊がまくし立てると、二人は
「心中お察しします」とたじろいだ。
 「汝、胸は余計だ」
 次に指されたのは美月。明らかに困惑した表情を浮かべている。胸の成長など誰にも止められる訳がない。綾が眼光をギラつかせたため、鬼は慌てて口をつぐんだ。
 「汝、そいつを取ってみよ」
 最後に鬼が指したのは、特撮のフルフェイスをつけた、みっちー。みっちーが戸惑いながらフルフェイスを外すと、大きなタレ目で眼鏡を掛けた童顔の少女だった。
 「おお!」
 鬼は、歓声をあげ、
 「汝、テイクアウト!」
テンション高くみっちーの手を取り叫んだ。
 「……う……」
それまで、美月よりもぽかんとしていた、鬼の背後の市松人形が呟いた。
 「え?」
 市松人形にすべての視線が集中する。
 「…う」
 市松人形は己の身長よりも高く飛び上がり、どこからともなく大鎌を召喚すると、こう叫びながら思いっきり鎌を降り下ろした。
 「浮気者〜〜〜っ!!!」
ザシュッ!と鈍い音がして、その瞬間鬼の首が宙を舞った。
 「私、帰る!」
 涙声でそう捨て台詞を吐くと、真っ黒な風穴を作り出し、呆気にとられる一同を残して市松人形は去っていった。
 「……え」
 邪の痴話喧嘩という訳の分からないものを見せられて、人間達は言葉を失ってしまった。首を無くし動かなくなっていた鬼の体はもぞもぞっと動きだし、
器用に首を捕まえると切り口に首を取り付けた。
そして、ぐらつく頭を押さえつけながら、
 「待ってくれ給え、濡羽烏ちゅあ〜ん!」
と、全く懲りないテンションでエコーを利かせ、今しがた市松人形が作り出した穴をこじ開け落ちていった。
 「生命力はゴキブリ以上ね……。今度会ったらゆっくりお茶でもしながらお喋りでもしましょ。ではごきげんよう〜」
 穴に落ちていく鬼を一瞥したあと、幽霊は真歩と史子に手を振り、穴と共に消え去った。
 嵐の様に去っていった謎の邪(?)三人組を呆然と見送った後、残ったのは血みどろの子供部屋と死体とAVだけだった。
 「さ、て。110番して帰るか」
さっぱりとたいおが切りだし、静かに子供部屋のドアを閉めた。
 「で、美月、あの人形は……」
 「真歩…。赤の他人、形でした」
 
